暁書法学院のご案内

暁書法学院では、漢字(楷書、行書、草書、篆書、隷書)、仮名、条幅が学べます。
また、筆ペン、ボールペン、小筆での年賀状や手紙の書き方など、
日常生活に必要な書式等の書き方の指導も行っています。

アクセス

所在地:大阪市北区堂山町15-4 梅田シティヴィラアクトⅢ406号
4階エレベーターを下り左前方に進んで3つ目のドア 406号 です。

代表者あいさつ

暁書法学院学院長 林田暁径
暁書法学院院長 林田暁径
あけましておめでとうございます。本年は乙未(きのとひつじ)の年です。
羊というのは本来、よい・(りょう)(ぜん)の意味をも含み、吉羊(きっよう)という目出度い語句があります。
これは、後に吉祥(きっしょう)と変わります。逆に考えていた方も多いと思われます。
さて、今年も羊の年に因む七言律詩を作り暁書法学院展の作品としていますので、次に紹介します。

題  夢飛羊(()(ひつじ)(ゆめ)をみる)

夢飛羊

詩意

昨夜夢の中に現れた五色の目出度い羊は今しがた本当に出現したようであった。羊は天より地に下り高く舞い上がっている。その兆しは、すべての家に正月に(さいわい)を与え、天下に(めでたさ)を配し平和な世の中を作る。(ひつじ)の歳に始めて筆を運び、書や水墨画を楽しむ。卯の刻(朝六時頃)今年初めて墨を()り、硯と筆の香りと書きぶりを味わう。詩・書・画に趣味を持つ人々にとって元旦を過ごすことはたいへん喜ばしい。誰にも妨げられずに自由に美味なる食事と酒を飲み、詩を()し最高の雰囲気となる。

羊に関する名句の紹介

羊裘垂釣 羊裘釣(ようきゅうちゅう)()る(隠者の姿の意味)

漢の皇帝、光武帝(劉秀(りゅうしゅう))と若い頃厳子陵(げんしりょう)は同じ先生に付いて学んだ。劉秀が皇帝となった時、厳子陵は姓名を変えて隠居した。光武帝は幼少より厳子陵の才能を知っていたので行方を捜した。遠く都、長安を離れた江南の今の浙江省富春江の辺りで皮衣を着て釣りをしている厳子陵を発見した。そして長安に召し出され、諫議(かんぎ)大夫の職を与えられたのであったが、しかし断ってまた富春江に帰り農作をして暮らしたという。厳子陵の釣りをしていた場所は厳子陵釣台(げんしりょうちょうだい)として今も観光地として残る。その観光地には「厳子陵釣台天下第一観」(厳子陵が釣りをした場所 天下で第一の好景)と書かれている。その書はかつて大阪に住まれていた篆刻家(てんこくか)梅舒適(ばいじょてき)先生の字を石に刻したものであった。名だたる中国の名勝地に中国人を押して日本人の書があったことは大変喜ばしかった。しかし篆刻家なのに自己の刻した印を使っていなかった。印は私の知人、韓天雍(かんてんよう)先生の印が押されたものを復元して石に刻してあった。私は十年程前に韓天雍先生の車で厳子陵釣台に行った時、篆刻家(ばい)先生は自己の印を用いず、韓天雍先生の印を用いていたことに、この時初めて雍先生(本人)も私も知って二人で驚いた。韓天雍先生は私の一番親しい中国の友人で浙江省美術学院教授で篆刻家である。