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本校案内

暁書法学院のご案内

暁書法学院では、漢字(楷書、行書、草書、篆書、隷書)、仮名、条幅が学べます。
また、筆ペン、ボールペン、小筆での年賀状や手紙の書き方など、
日常生活に必要な書式などの書き方の指導も行っています。

アクセス

所在地:大阪市北区堂山町15-4 梅田シティヴィラアクトⅢ406号
4階エレベーターを下り左前方に進んで3つ目のドア 406号 です。

代表者あいさつ

暁書法学院院長 林田暁径
暁書法学院院長 林田暁径

あけましておめでとうございます。本年は辛丑(かのとうし)です。
昔、春秋時代のことですが、牛が 戦争に使われたということがありました。
戦国時代の斉の国の田単という人物の策略に火牛の計というものがあった。
斉の少し北側にある燕という国が楽毅を将軍として斉を攻めた。
余談ではあるが、彼の王羲之の書跡「楽毅論」はこの楽毅のことである。
斉は楽毅によって尽く攻められた。
ただ斉国の地で莒と即墨だけは残った。
このままであったらきっと斉は滅んでいたであろう。
しかし、燕の昭王が死に恵王が即位した。
すばらしい将軍楽毅であったが、恵王と不和であったので殺されるのを恐れて、楽毅は趙に逃亡した。
将軍を楽毅から騎劫に交代された。
燕軍は即墨を取り囲んだ。
これに打って出た即墨の大夫が出撃したのだが敗死する。
人民は田単をたよった。
田単は民からお金を集め燕軍に賄賂を送った。
これにより燕軍には油断ができた。
籠城を余儀なくされた田単は城内の牛を千余頭集め、赤い絹の服を作り、それに五彩の竜文を画いて牛に着せ、刃物を角に縛り、尾に葦を束ね、その端に火をつけて、城壁にあけた数十の穴から夜中に、兵士五千人がその牛の後からあおった。
尾を焼かれた牛は怒り狂って燕軍の中に奔走していった。
夜半のことで燕軍は大いに驚いた。
牛尾の火は煌々と輝き竜文がこれに映えて不気味であった。
燕軍のこれに触れるものあらば牛角につけた刃物で殺傷され、燕軍は敗戦した。

牛の故事

牛飲……………牛が水を飲むようにがぶがぶ酒を飲むこと。牛飲馬食は、よく酒を飲む大食いの者をいう。
牛角文字………牛の角の形、隠語でひらがなの「い」を表す。
牛驥同皁………足の遅い牛と日に千里を走る駿馬とが同じ待遇を受けること。
掛牛首売馬肉(ぎゅうしゅをかけばにくをうる)………見本と売り物が違うこと。
牛餼退敵(ぎゅうきてきをしりぞく)………秦の兵士が鄭を襲った時、鄭の商人、弦高が牛十二頭を御馳走して秦兵を労い戦わずして敵を退けた故事。
乗牛読漢書(うしにのってかんじょをよむ)………唐時代の李密が牛に乗って道を行きながら、漢書(漢の歴史書)を読んだ故事。
牛渚泛月(ぎゅうしょつきをうかぶ)………牛渚は地名でそこで遠宏が舟を浮かべて詩を吟じ、謝尚と会してこのことが有名になった。晋時代における高尚な話である。

題  闘牛とうぎゅう

梳毛食肉侈奢窮 毛を梳り、肉を食し、侈奢を窮める
生島不知遙海空 島に生まれ知らず海空の遙かなるを
其外骨筋中厚志 其の外は骨と筋、中は厚志なり
之身坦蕩意豪雄 之の身は坦蕩、意は豪雄
白天山野貪青草 白天山野青草を貪る
黒日暗舎養節忠 黒日暗舎節忠を養う
物故闘牛無可論 物故闘牛論ずる可き無し
十年磨角占戦功 十年角を磨き戦功を占う

詩意

毛は梳でとかれ肉を食べ、贅沢を尽くし、島で生まれたから海の外は知らない。
その外形は筋骨で、その身には厚き志がある。
ゆったりと落ち着いている姿であるが、気は豪傑である。
昼は山野で青い草を貪り、夜は牛舎で英気を養い、忠節を得る。
世間のことを論ずることなど無くひたすら鍛錬に励み、長い間角を磨き、戦い勝つことを考えている。